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【アラベスク】  第6章 雲隠れ (前編)



第2節 休み明け [3]




「好きでモテてるワケじゃない」
「うわっ 問題発言」
「からかってんのか?」
「一応、元気づけてる」
 ニンマリと笑うツバサ。
 きっと、気を使ってくれてるんだろう。こういうところが、蔦は好きなんだろうな。
 昔も美鶴は、こんなんだった。

 昔の美鶴。

 じんわりと、唇が痺れる。
 以前、美鶴がまだ下町のアパートで暮らしていた頃。覚せい剤がどうとかいうモメ事に巻き込まれた。
 夜道で襲われた美鶴が心配で、瑠駆真と二人で部屋に泊まり込んだことがあった。
 翌朝、美鶴はTシャツ一枚で起きてきた。
 聡はからかうつもりで口笛を吹いた。美鶴は慌てて襖を閉めた。
 Tシャツは白で、その…… 少し透けてた。
 すっ 少しだけだぞっ べべっ 別に、ちゃんと見えたワケじゃなくってっ てっ て、ちゃんとっていうのは、その―――
 己の内で言い訳を繰り返す無様な自分。そんな自分にひどく疲れる。
 小学や中学の頃、美鶴の部屋へ遊びに行った時にも、美鶴がTシャツ一枚で過ごしていることはあった。でも、気にしたことはなかった。
 でも今は―――
 俺、どんどん汚い人間になってる? すっげぇスケベで、イヤらしい人間になってるのか?
 中学ん時にあんなDVD見たのがマズかったのか? そもそも見たいなんて思う事自体、ヤバいのか?
 掌に甦る美鶴の肌。暖かくてスベスベしていて、柔らかい。
 ひょっとして俺、もう一回触りたいとかって、すごく思ってる?

 あぁ くそっ! 油断すると余計落ち込むっ!

 己を奮い立たせるために、無理にでも話題を()らせてみる。
「お前こそっ どうしたんだよ?」
「何がよ?」
「朝からボーっとしててよ」
「あっ あぁ」
 聡の言葉にツバサは一瞬言葉を失い、だが恥ずかしそうに頭を掻いた。
「休みボケ。寝坊三昧だったから」
 嘘だ。別に久しぶりの登校で頭が寝ているワケではない。

「ツタっていうの」

 可愛らしい少女の声。頭の中で木霊する。
「草冠に鳥って書くの。珍しい名字でしょう?」
 心臓が早鐘を打つ。
 シロちゃんが、蔦の元カノ。
 じゃあ中学時代、チョコを万引きして見つかったというのは、シロちゃん?
 同じ名字の別人とも考えられる。だがシロちゃんは、こう続けた。
「ちなみに名前はコウキ。ツバサの彼氏はコウ君だっけ?」
「うん」
「フルネームは?」
 そこで家の中から呼び声がかかり、会話は流れてしまった。

「俺は―――― (まも)れなかった」

 (つた)康煕(こうき)が、護れなかった過去を悔やむ少女。
 彼がツバサのコトをこの上なく大切にしてくれるのは、ツバサを想ってくれているから。
 だが本当に、本当に一番大切にしたいと思っているのは―――
 ツバサは、頭に浮かんだ疑いを、どうやっても振り払うことができないでいた。





 ウザい
 三組の教室に戻り、席について頬杖をつく。
 聡のいる教室へ入るのに、美鶴もそれなりに抵抗はあった。だが、それを意識する自分を恥じた。
 気にするコトはない。
 聡とは、きっとこのまま疎遠になるのだろう。そもそも美鶴自身に、関係改善の意思はない。
 それでかまわない。
 以前、聡がバスケ部に籍を置いていた時、聡がこのまま離れていってしまってもかまわないと思っていた。
 思っていたはずだ。
 ウザい男が、一人離れただけだ。
 自業自得だ。あんなコトされて、怒らない女がどこにいるっ
 室内では、女子生徒の黄色い笑い声が耳障り。なんでも、イギリスだかフランスだかに一年留学していた生徒が、戻ってきたのだという。
 本当は一年年上の三年生の生徒だが、留学期間中は休学扱いであったため、二学年に戻ってくるらしい。それもこの三組に。
 女子生徒が騒ぐあたり、その生徒は男子だろう。しかも、それなりに見栄えのする生徒のようだ。
 聡といい瑠駆真といい、ずいぶんと人の出入りの多い学校だな。
 うんざりと窓の外へ目をやりながら、そっとスカートのポケットに手を入れる。

 駅舎の鍵。







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